2008年5月23日金曜日

大衆文化史

大衆文化史とはいっても、僕の大衆文化は、生身のからだをもった大衆の文化だ。大衆はどこに自分のからだを運んで、どんな空間で音楽を聴いていたのか、酒を飲んでいたのか、スポーツを楽しんでいたのか、のんびりしていたのか。

2008年5月18日日曜日

法則

世界を裏で操り、ある方向に導く法則はない。法則があるのではなく、たまたま今あるような仕組みで動いているだけである。世界とはすべからく、水の濁りが沈殿してたまった泥のような秩序である。水のブラウン運動と、重力、シンプルな運動法則の結果、たまたまできあがった形象である。今あるような泥の形へと形成するような法則はない。シンプルな運動法則の結果、たまたまそうなったのである。人生もすべからく同じである。非常にシンプルな法則のみが働いていて、その結果、今ある生活があるだけである。

2008年5月10日土曜日

コミュニケーション上の敬意の扱い方について

コミュニケーションのあり方について

議論や雑談の過程で、目の前の相手に自分の意見を開陳するというのは、どうも後味が悪い。自分の意見を開陳するという行為の背後には、どうも自分を大きく見せようという美しくない欲望があるようだ。敬意を自分に集めたい人の行為だ。

論争とは、自分が正しい側に立っていると考えて、そこから相手の間違いを叩きのめすことだったりする。相手の考えの全体のうち、自分の立ち位置(あるいは当座の意識内容)から見えない部分を対話を通じて探り出し、相手の考えを理解すること。背後には、相手への敬意がある。これが正しい学問的姿勢ではないのか。

敬意は集めるものではなく、自分から払うもの。

2008年5月2日金曜日

つまるところ・・・

つまるところ僕の研究ってぇのはこういうことだ。
ある人の働きにより世の中がどう変わったかということ。その結果、それまであったものがなくなり、新しくでてきたものもあっただろう。現在が今あるようにできあがり、別のあり方にならなかったのはなんでだろう?これを人物の働きから見てみるんだ。法律によって世の中が変わるってこともあるんだけど、その法律だって誰かが苦労して作るんだから。
なに?ひとりの働きで歴史が動くわけじゃないって?もちろん、誰だっていろんな人に助けられて仕事をするもんだ。でも、ひとりの働きの大きさを馬鹿にするもんじゃないよ。あんただって自分の仕事に歴史を動かす意味があると思えばやる気も違ってくるだろ?
(『ある博士の記憶』)